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6/28/2013

弘川寺@大阪

西行法師終焉の地、弘川寺を訪れました

大阪河南町(富田林から30分くらい)にありますが、本当にこんなとこにお寺があるの?と思うような、ものすごい山奥です。ふつうにはなかなか来れないですね。境内はけっこう広く、でもぜんぜん人がいなくて静かです。創建は天武天皇の頃と古く、行基、空海も修行したそうです。本堂には立派な薬師如来が安置されていました。

本堂の裏の道をさらに上がっていくと

西行堂があります

 木立の中をまだまだ上がります

頂上には広い場所がありその奥に

西行法師のお墓がひっそりありました

西行さんはこのお寺の座主空寂上人を慕ってこのお寺に来てここで生涯を終えたそうです(1190年2月16日、72才)。

”願わくは 桜の下にて 春死なむ
そのきさらぎの 望月のころ”

西行上人を慕って、お墓を建てたり、お堂を建てた歌僧似雲上人のお墓もここにあります。この人がこの辺りに桜を千本植えたそうです。この奥が西行桜山周遊路になっています。


5/13/2011

葛井寺 4月


千手観音像と言っても実際は42本の手で、本当に手が1000本あるのは、奈良唐招提寺の千手観音立像と京都寿宝寺の千手観音立像と大阪葛井寺の千手観音座像の三つです。奈良と京都のはすでに拝観したので、最後の一つの葛井寺(毎月18日公開)へ行ってきました。葛井寺と書いてふじいでらと呼び、地名は藤井寺です。藤の花の名所でもあります。

               asahi.comより転写

聖武天皇によって勅願され、行基が開眼した日本最古の千手観音と言われています。正面で合掌する両腕のほか、背後から孫の手のような小さな脇手が1001本、さらに長い脇手が約40本伸び、つえ、弓など人々を救い導く道具を持っています。それぞれの手の平には目が描かれているそうです。気の遠くなるような話です。厨子の中の仏像は遠いし暗いしで、ちゃんと確認はできませんでした。

               南大門

            南大門の上には龍が

          南大門の仁王様がユーモラス

5/12/2011

観心寺 4月

数年前東京の友達から”今、大阪の観心寺にいます”というメールをもらった時、”何それ? どこそれ?”って思いましたが、京都に住むようになって仏像に興味を持ちはじめ、やっとその疑問が解けました。

              webから転写

この如意輪観音様を見に来ていたのですね。国宝、秘仏で一年に一回(4月17、18日)だけ公開され、かつ大阪から南海高野線に乗って河内長野駅からバスという不便な場所にあるので、なかなか来ることができませんでしたが、今年やっとその友達とも一緒に行く機会に恵まれました。最初に写真を見た時には、”なんとなまめかしい、これが観音様?”と思いましたが、何回も写真を見ているうちに、ぜひ本物を拝見したいと思うようになりました。如意輪観音はたいてい一面六臂で、右の第1手を頬にあてて、思惟の姿をとり、左第1手は下にたらし、他の手には宝珠・念珠・蓮華・輪宝を持ち、右膝を立てて、両足裏を合わせる輪王坐という姿勢をとっています(三井寺や醍醐寺の如意輪観音が好きです)。思ったよりも小ぶりできれいなお姿でした。

       こちらのお寺のお線香は寝かせて置きます。

国宝の金堂(右)と建掛塔(楠木正成の死で未完におわった三重塔)

特別拝観日ですごい人出だったようですが、夕方閉門間近はがらんとしていました。