電線、電柱がないですねぇ。
犀川から水を引いて、当時は防衛や防火、消雪、排水、木材の運搬など城下町の生活において重要な役割を果たしていた大野庄用水。今も用水沿いの家は橋を渡って中に入ります。りっぱな門構えが多くみられ、気持ちの良い散歩道になっています。見知らぬ人でも自然に挨拶をかわし、金沢の人々は穏やかで暖かい気がします。
天守閣のように見えるのは”菱櫓”(二つの門を同時に見張れるようにわざわざ菱形に造った3階建ての堅固な造り)。ここには敵に石を落としたり、鉄砲用の窓などの工夫があります。
平成13年に復元された”五十間長屋”(石垣の上に建てられた長屋造の櫓で武器などの貯蔵庫)。両端に菱櫓と橋爪門続櫓がついています。
こちらは”三十間長屋” 江戸時代のものが残っていて、重要文化財。平瓦を貼った目地を白塗漆喰で固めた海鼠壁(なまこかべ)は、他のお城ではあまり見られない、特徴だそうです。
もっと面白いのが石川門(重文)の石垣です。右と左の石の積み方が違います。右の、きれいに石を切って積まれた方を、”切りこみハギ”といい、左の、石の形にあわせて積まれた方を、”打ちこみハギ”といいますが、両方ともちゃんとした技法です。1756年に改修した当時も「左右違う積み方はおかしい」という議論があったそうです。
今年、130年ぶりに再現された河北門
石垣がとてもきれいです。
この超モダンな金沢駅。京都駅よりも先を行ってますねぇー。
どうしてこんなにりっぱな駅にしたかというと、4年後に金沢に北陸新幹線が開通するのを見越して造られたんです。今は東京から金沢まで、上越新幹線(越後湯沢まで)を使っても4時間くらいかかるのが、2時間半に短縮されるのですから、それは便利になって、人がどっと押し寄せることでしょう。
楼門にたどり着くには、まず川まで下って、細い道を上って、それから更に長い階段を上がります。けっこうこれがキツイです(10年後は無理かも)。
乾漆で五色(右から緑、赤、白、黒、黄)に彩色され、像高90センチメートルあまり。ほぼ同形の坐像ですが、それぞれ手の形や持物が違います。以前写真家の永坂嘉光さんが撮った写真に魅せられて以来、ずーと憧れてた菩薩像達に会えてとてもうれしかったです。
下に見えるのは錦雲渓、清滝川沿いを60分くらい歩くと奥嵯峨野にでることができます。
彦にゃん
次のご開帳は27年後となります。こんなに階段の多い島に来るのは、とうてい無理でしょうから、この機会を逃すわけにはいきません!
本堂まで行くのにも165段のかなり急な階段を上らなければなりません。ご本尊は行基が彫ったといわれる弁才天像で、秘仏になっていて、こちらも開扉は60年に一度ということです。
鍾馗さんが多い趣のある参道を10分ほど歩いて行くと、突き当たりに当麻寺があります。国宝の東塔、西塔が見えてきます。
金堂には日本最古の塑像、弥勒菩薩(国宝)と、日本最古の乾漆、四天王が安置されています。またその左にあるのが日本最古の梵鐘(国宝)で両脇遠くに見えるのが、国宝の三重塔、東塔、西塔です。
中之坊にある大和三名園の一つ”香藕園(こうぐうえん)”、東塔を借景とした、緑の美しい庭園です。
写経道場の絵天井には前田青邨はじめ、上村淳之、片岡鶴太郎など多くの画家によって寄進された150枚もの名画が飾られています。