初重から五重までの屋根の大きさの減少率が高く、五重の屋根の一辺は初重屋根の約半分とのこと。さすがに重厚な趣きがあります。初重内陣には東面・西面・南面・北面それぞれに国宝の塑造の群像が安置されています。特に北面は釈迦の涅槃が描かれていて、そこだけは修学旅行生が行列を作って見学していました。初層の屋根の下には”裳階(もこし)”があり、これも珍しいものです。
裳階と屋根の間には邪鬼がいます。
初重から五重までの屋根の大きさの減少率が高く、五重の屋根の一辺は初重屋根の約半分とのこと。さすがに重厚な趣きがあります。初重内陣には東面・西面・南面・北面それぞれに国宝の塑造の群像が安置されています。特に北面は釈迦の涅槃が描かれていて、そこだけは修学旅行生が行列を作って見学していました。初層の屋根の下には”裳階(もこし)”があり、これも珍しいものです。
裳階と屋根の間には邪鬼がいます。
始めは天皇の大きな御陵の周りや川沿いをハイキング気分で歩いていたのですが、10分もするとうっそうとした山の中に入り、女二人ではちょっと不安になるほどで、さらに40分くらい歩き、600もあると地図に記載されている横穴古墳群(藪と林でよくわからなかったけど、不気味だった・・・)を抜けるとどんどん急斜面になっていき、目的地にたどりつく自信がなくなり、かといって引き返すこともできず、本当にどうなることかと思いました。
まだ写真を撮る余裕があった頃、この後、岩肌むき出しの道や大木が倒れてふさがれた道などが続くのですが、汗はだらだら、息は苦しく、写真を撮るなんてとんでもない!
やっとのことで、到着!うっかり見落としそうになる、道からちょっと奥に入った林の奥の一角にたたずんでいらっしゃいました。奥の院といっても建物はなく、石仏と石碑があるだけです。
”おお、よく来たね”と絶対言ってくれたと思います(泣)。
2mあり、火炎も石造り。彫が深くて、肉づきがよくてギリシャ彫刻のよう。大和屈指の名作と言われるそうです。
門をはいるとうっそうとした林が現れ、新緑がきれいでした。
そして金堂跡にはビロードのような苔のじゅうたんが広がっています。
仏像群がおさめられている本堂です。薬師如来、日光、月光菩薩、帝釈天などなどがずらりと一列に並んでいて見ごたえがあります。それもすぐそばで、手をのばしたら、触ってしまえるくらいです。その一番左寄りに立っているのが、 

菩提樹の花がたくさん咲いていました。
本堂の西側にある大元堂、白いノバラが咲いていました。
ここに安置されているのは秘仏の大元帥明王です。6月6日のみ公開で、写真が貼り付けてありました。

本堂
こちらの大仏様(釈迦如来座像)も4.85mと大きく、お顔は大きく角張っていて、アーモンド形の目という飛鳥の仏さまの特徴そのものです。平安・鎌倉時代の大火災にあい、焼け落ちたものを修復したため、頬の辺りには跡が生々しく残っています。光背も脇仏もありませんが、うれしいことにここのお寺は撮影可です。609年の開眼だそうですから、もう1400年以上の歴史があるのです。奈良遷都1300年もかすんでしまいますね。